N家と猫のはなちゃんの日常

N家(父、母、息子)の三人が、自分の趣味や日常を綴ります

フォークの神様 思い出の歌

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フォークの神様 思い出の歌

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LPレコード

私が音楽を聴きだしたのは、5歳年上の兄が夢中で聴いていた「ビートルズ」だった。小学生だった私でも、その斬新さや衝撃的ともいえる曲調は心を揺さぶるに十分なものだった。

今でも、初期のビートルズの曲はほとんど知っていて、街角で聞こえてきたりすると、ふと立ち止まってしまったりする。(奥さんがよく立ち寄るコムサ・デ・モードでは、常にビートルズの曲がかかっていて買い物待ちの時間を癒してくれる)

 

でも、これはあくまで兄の影響で聴いていたもので、私自身の音楽的嗜好によるものではありませんでした。

私が初めて自分で買ったレコードは(もちろんアナログレコードですよ)、岡林信康のLPレコードだったと記憶している。

 

当時、一般的に売られていたレコードは主に2種類で、1分間に33回転して10数曲の曲が録音されていたLP盤と、45回転でA面、B面の裏表2曲が録音されている、その形からドーナツ盤(シングルレコード)と呼ばれていたものでした。

 

話を元に戻しましょう。その初めて買ったLP盤のアルバム名は、

岡林信康フォーク・アルバム第一集 私を断罪せよ でした。

そのジャケットには、ギターを抱え髭をたくわえた岡林と思われる人物が、キリストのごとくイラストされていました。

当時そのメッセージ性の強い歌詞からか、テレビとかにはまず登場することはなく、コンサートを中心に音楽活動を展開し、普段は京都の山奥で自給自足の生活をしながら、曲作りに励むという彼の生きざまからか「フォークの神様」と呼ばれていたためだったと思います。

 

そのレコードの中で、確か高校生だった私が一番強くひかれた曲は

「山谷ブルース」という曲でした。

 

今日の仕事はつらかった

あとは焼酎をあおるだけ

どうせ どうせ山谷のドヤずまい

ほかにやる事ありゃしねえ

 

一人酒場で飲む酒に

かえらぬ昔がなつかしい

泣いて泣いてみたってなんになる

今じゃ山谷がふるさとよ

 

工事終わればそれっきり

お払い箱のおれ達さ

いいさ いいさ山谷の立ちん坊

世間うらんで何になる

 

人は山谷を悪く言う

だけどおれ達いなくなりゃ

ビルも ビルも道路もできょしねえ

誰も分かっちゃくれねぇか

 

だけどおれ達ゃ泣かないぜ

はたらく俺たちの世の中が

きっと きっと来るさそのうちに

その日にゃ泣こうぜ うれし泣き

作詞・作曲 岡林信康

 

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高度成長期を向かえつつある時代、富める者とそうでない者がはっきりと色分けされ始めた時代、学生は反ブルジョアを声高々に叫び、大学をロックアウトし、自分たちの力で国を変えられると信じていた時代、岡林は山谷という安宿の並ぶ東京の一角で、日雇いの仕事で日々食いつなぐ労働者の声を代弁していました。

 

片田舎の和菓子屋の次男として生まれ、特に裕福と言う訳ではありませんでしたが、決して貧しくもなく育っていた私でしたが、この歌に激しく心を揺さぶられ

「俺はこのままのほほんと、生きていっていいのだろうか」

「何か変えようと動かなければいけない」

「何かしなければ、何かしなければ」

と、一人考えたりしていました。

 

現在の香港の学生たちの姿を見ていると、その頃の日本をふと思い出します。

社会の中で学生が、間違いなく影響力のある一角を占め、いろいろな形でその思いを発信し、時代を変えようとするパワーでみなぎっています。

暴力的な行為を決して肯定しているわけではありません。

でも、彼らは間違いなく何かを考え、何かを変えようと行動している。

そのひたむきさを、認め、そしてうらやんでいるだけです。

 

初めて買ったレコードは、初めて買った車の後部座席で日に当たりすぎて歪んでしまい、聴けなくなってしまいました。どこか中途半端だった私の人生のようでもあります…

 

しばらくぶりに、YouTubeで山谷ブルースを聴き、いろいろな思いに囚われてしまった

父でした。

 

 

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